先が見えない港町 投稿者:GSY-UcD

変わらぬ海原の脇を走るロケバスの中で、ただ景色だけを見ている男が居た。
それは、今を煌めくアイドル…KAIである。

彼は、今回テレビ番組のロケでとある港町に向かっていた。
バスの窓から、潮風と潮の匂いが漂ってくる。

『けっ…夏でも無いのに海なんて、潮風でベタベタするだけじゃないかよ?』
と…文句を言っていたが、裏から彼の頭をスカーンと良い響きで叩く音がした。

『くっ…何しやがんだぁっ!』
そして裏を向くと、可愛らしい女子が丸めた雑誌を持ってニヤニヤしていた。
「ウフフ、KAI君?情けないわね、そんな姿をファンの子達が見たらガッカリするよ?」
『ちっ…うるせぇよ。馬路(めみち)。』
彼女は、今売れっ子のレポーター馬路 釆(めみち さい)で今回はKAIのお供として参加していた。
「ククク…ユキ君に私さぁ、心配されちゃったんだよね?KAIは、女癖悪いから気を付けろってさ?」
『お前やユキに、そんな事言われても新鮮味なんか無いからよ…。』
少し…KAIは、プンプンと怒り出した。
「怒った?ごめん~ごめん。でも、事実だから仕方無いじゃん?」
更に煽る馬路の言葉には、KAIは耳を傾けないようにした。

『俺は、寝る!着くまで起こすなよ。』
すると、直ぐに眠りについた。
「ちぇっ、つまんないの。あっ!星南ちゃんからだ!」
馬路も、KAIが寝てしまったので友達から来たメールを返していた。
「お土産期待してね?……っと。送信。」
「ふふん~星南幸せそうだなぁ~二人の娘ちゃん可愛いしね?。」
友人から送られてきた、家族で写る写真を見ると思い出す。
「あの時に、後押しして良かったよ。」
馬路は、自分の携帯の待ち受け画面を開けると婚約者のユキこと…幸晴にお姫様抱っこされ友人達に祝福されている写真があった。
その中には、笑顔のKAIも居た。
「(KAI…海嶋も悪いやつじゃないんだけどな。)」
馬路は、携帯の画面を閉じて窓の景色を見ると海原が見えた。

波止場では、釣りをしている人がいて楽しそうだった。
「面白そうだなぁ~。」
気がつくと、目的地である港町に着いた。
『んっ……着いたか?』
KAIは、背を伸ばして首をコキコキとした。
そして、足早にロケバスから降りるとロケの最初の場所は港だったのでKAIは降りるや否や嫌な顔をした。
『あぁ…魚臭いな。』
スタッフも一緒に降り、続けて馬路も外に出た。
「ふわぁ…良い磯の香りがする。」
そんなコメントをしている馬路を見て、KAIは少し不貞腐れた顔をした。
『けっ…ロケやるならさっさとやろうぜ?なぁ馬路よ?』
「わかったわよ、じゃあ…カメラさんお願いします!」

そして、ロケが始まった。

「はい!皆さん、こんにちは!馬路 采ですよ!今日は、ですね大人気アイドルであるこちらの方が来てます!」
カメラは、向きを変えた。
『よう!俺が言うのもあれだが、今を煌めくKAIだぜ!今日は、宜しくな!』
白い歯をキラッとみせて、ポーズした。
だが…廻りには特に人は居なかったので結構寒くなった。
「…はいっ!そんな、KAIさんでもここでは普通の人ですねアハハハ。」
馬路は、フォローしつつ爆笑していた。
『なっ!?笑うなよぉっ!?』
俺様キャラなKAIでも、恥ずかしくなる時はある!
「ではでは…気を取り直して周りを散策しましょう……ん?KAIさんKAIさん彼処で屋台やっているよ!行ってみようよ!」
その屋台から香ばしい匂いも漂っていたため馬路は興味深々だった!
『ちっ…しゃあねぇなぁ?』
KAIは、嫌々言いつつ着いて行った。

「はいっ!いらっしゃい!美味しい美味しいタコの唐揚げだよ~。」
そこの屋台には、短髪の青年と背が高い青年が居た。
「すいません~2つ 下さいな?後、ビール2つ。」
馬路は、着くや否やビールまで注文した。
『え…大丈夫かよ?』

KAIは、少し戸惑った。

「うふふ、旅番組だから美味しそうな魅力を伝えたいから良いんです~。」

馬路は、ニヤニヤしながらKAIに言った。

『まぁ…馬路がそう言うならよ。』
すると、屋台の青年がピクっ…と反応した。
「馬路…もしかして、采ちゃん?」
髪が短い青年は、当たり障りが無いように聞いてきた。
「そうですけど……ん?あっ!もしかしてクロやん?!」
KAIも、馬路の言葉を聞いて反応した。
『剣崎…。』
「良く見たらっ!ジマじゃん!?ユウヤ!采ちゃんとジマだぞっ!」
クロやん…剣崎と呼ばれている青年。

本名は、剣崎 玄(つるぎさき くろ)という。
そして彼は裏でタコの下処理をしていた青年にも二人の事を言った。

「え?馬路と海嶋が…。」
その青年は、スクッと立ち上がりカウンターまでやって来た。
「久しぶりだな…二人とも。」
『兆実……。』

もう1人の青年は、兆実 祐哉(ちょうざね ゆうや)。
「ザネやんも、久しぶりっ!」
「あぁ…久しぶり馬路さん。」
「そう言えば…ザネやん?今さら聞くのも何だけどさぁ桃子とは結局どうなったの?」
馬路は、ニヤニヤしながら聞いた。
「桃子か…。別れたよ、暫く前にね。」
兆実は、タコを揚げながら答えた。
「えっ?」
『なっ…何言ってんだ?おい。』
KAIは、怒るように兆実に問い掛けた。
『俺は…仕事の為、彼奴を諦めたんだぞ…お前に……お前にならって任せられるって諦めた。』
『どうして別れたんだ。』
油の中のタコが、パチパチ音を鳴らしながら揚がるのを箸で世話しながら兆実は、話した。
「単純に、桃子が真に好きな男を見つけたんだ…だから俺は身を引いたんだ。君の好きな様にしろって。 」
『そ…そうだったのか、何か申し訳ない。』
「いや、私も思い出すような事を聞いてごめんね?」
兆実は、揚がったタコの唐揚げを油切りをする。
「まぁ…な、わけでさぁ祐哉と俺で屋台やってんだよ?縁日とかじゃなければココでタコ唐揚げ屋やってんだよね?」
剣崎は、そう言いながら油が切れたタコ唐揚げをパックに入れた。
「マヨネーズとケチャップどっちにする?」
『マヨネーズ』
「じゃあ、ケチャップ!」
剣崎は、慣れた手つきでマヨネーズとケチャップをパックに添えた。
「はい、お待ちどうさま!後…はい!ビールね?そこに、テーブルがあるからね?使ったら良いよ!」
そのテーブルは、丁度…港を一望出来るように設置されていた。
二人は、席に腰掛け割り箸を割ってカメラマンに撮影の合図を送った。

「私、驚いちゃってね?まさか…私とKAI君の同級生と出会ってね!?まさかのタコ唐揚げ屋さんやってたので真っ昼間からビールと一緒にいただいちゃいます!」

『……うまい、やるじゃないか。』
KAIは、タコ唐揚げを一つ食べると直ぐにビールを飲んだ。
『ぷはぁ~うめぇよ!真っ昼間から飲むビールってウマイな!』
KAIは、かなり満足な顔をしていた。
「KAIさんKAIさん、一応私達はちゃんとリポートしなきゃ駄目ですからね?」
『ココから海を見ながら、ビールを飲む…最高です!』
「えっ?それだけ?」
『えっ?』
「KAIさん…下手ですね?」
『………………あぁ~このタコ唐揚げがぁっががががが…ウマい。』
「………………なるほど。」
馬路は、ニヤニヤしながらKAIを見た。

これで、一旦撮影を区切り違うリポートをするべく離れる事にした二人。
「じゃあね、クロやん~ザネやん~。」
「あぁ、采ちゃんとジマも達者でな?」
すると、兆実がKAIに寄って来て馬路に聞こえないように言った。
「……お前は、もう来るな。」
『あ?何でだよ!?』
「……海嶋、お前達には前に進んで欲しいそれだけだ!」
『あっ!?キザな事を言いやがって…結局は何なんだよ!』
KAIは、少し荒っぽく言ったが兆実は顔色を一つも変えなかった。
「今は、馬路を…助けろ。それだけさ。」
そう言い兆実は、屋台に戻って行った。

『何なんだよ…全くよ。』
「KAIさん!次行くよー!もたもたしていると日が暮れちゃうよ!」
気がつくと、そこらじゅうに霧が発生していて先の風景など見えなくなっていた。

「うわぁ~凄い!霧がぁ凄い!これじゃあ、先に何があるかわからないね?」
『ちっ…兆実のやつ。』
「どおしたの?KAIさん?」
『な、何でもねえよ…。たくっ…。』
少し不貞腐れて顔をKAIは、馬路にしてしまったが馬路は言及せずKAIに言った。

「まぁ、取り敢えずは今日のリポートを楽しもうよ!今だってさ、霧凄いしさ!カメラマンさん!コレも写しといてよ!」
だが、返事がない。
「え?人が悪いな~カメラマンさん何処いるんですかぁ?」
馬路は、辺りをキョロキョロ探す。
すると霧にうっすらと何かを持つ人物の影が見えた。

「あっ!あれかなぁ?おぉ~い!」
「あれ、返事がないね?私見てくるよ!」
馬路は、手を振るがKAIにはその人影の歩き方に少し違和感を感じた。
霧で見えないが…歩いている感じがしないのに近づいてくる。
そしてKAIは、その人影の足元が霧が少し薄くなった時に見えてしまった。

『(足が……無い。)』
その者は、膝から下が無かったのだ。
馬路は、丁度視線を外していたために気づかなかったのだ。
『戻れっ!馬路!!そいつら、人間じゃない! 』
「……えっ?」
馬路は、運悪く…その人影の顔を見てしまった。
「ひっ……か、顔が!?」
ソレには、顔が無かったのだ。

しかも、ソレは馬路を掴もうとしていた。

「(アハハ…終わった。)」
だが、馬路の手が急に引っ張られた。
『さっさと、動けよ!アホ!』
KAIが、咄嗟に馬路の手を引っ張り引き寄せたのだ。

馬路を掴もうとしていたソレは、空振りになり体勢を一度崩したが再び持ち直すと此方に向かってきた。

「オマエアナタキサマ…ヨウコソ…コノママヨウコソ……。」
何か、訳がわからないことをソレは言い出した。
『意味わかんね……意味わかんねぇよ!逃げるぞ!馬路っ!』
「え?他の皆を探さないと……。」
『そんな事、言ってる場合かよ!馬路に何かあったら……ユキに合わす顔がねえよ!』
「…わかったわよ!」
ソレから逃げるために、霧で覆われる港町を走った。
幸い…ソレは早くなく、距離は直ぐに取れた。
『ハァハァ…、馬路大丈夫か?』
「もう…疲れたわよ。」
『もう、撒けただろうよ……。』
と、KAIは後ろを何となく見た際に驚愕した。

『な、何で何だ。』
裏には、ソレが見えて最初走り出して逃げた際の距離と変わって無かったのだ。

「ムダむだオマエアナタキサマ…ヌケレナイ。ココカラヌケレナイ。」
不気味な声と共に近づいてくる。
「い、嫌…何なのアイツ嫌……嫌だぁ!」
馬路は、動揺し…腰が抜けたように立てなくなってしまった。
『くっ落ち着け!馬路っ!また距離をとるぞ!』
「む、無理だよ…逃げても…また追い付かれちゃうよ!ううぅえん…。」
馬路は、泣き出した。
『勝手にっ…!』
言葉を言い掛けた際に、兆実の言葉を思い出した。
『くっ…ぐぬぅ…おい馬路っ!背負ってやるから乗りやがれ!』
「え?」
『え?じゃねえよ!ユキにまた会うんだろ!早くしろアホ!』
馬路は、KAIの背中にしがみついた。
『しっかり掴まってろよ!』
KAIは、馬路を背負いながら走った。

『行くぜ!』
「ごめん…KAI」
ソレから逃れるために。
だが…残酷な事に、ソレから逃れることは出来ず距離がどんどん詰められていく。
『ちっ…何処まで追いかけてくんだよ!』
KAIも、馬路を背負って走ったため足がふらつきながらも走った。
「……すぐ」
後ろから耳元へ声が聞こえた。
「そのまま、振り返らずに真っ直ぐ」
『これは、剣崎?』
KAIは、振り向こうとした。
「言われて直ぐに振り向こうとするな。」
これも聞いたことがある声が、前の霧の先から聞こえた。
『…わっーたよ!』
KAIは、走った。

「マテマテマテサビシイカラオマエアナタキサマ…。」
ソレが、追ってきているのは声でわかったが聞こえてくる声が小さくなっているのはわかった。
「オマエアナタキサマオマエアナタキサマオマエアナタキサマァっ!」
気がつくと、前には霧は晴れていて海原が見えていた。

「もう、こっちには来んなよ。」
「ありがとうな、海嶋。」
霧を抜けた先で、二人の声が聞こえたが…振り向かなかった。
目の前が眩しすぎて視界がままらなくなり
再び目を開くと、KAIと馬路はバスの中に居た。

『何でっ!俺は、バスに…港にロケしに行ってた筈。』
よく見ると、バスの中は横転したようで悲惨だった。
バスは、どうやら崖より落ちたようで木々に串刺しになっていた。
他のスタッフ等は死んでいた。
だが…馬路は、KAIに阻まれ下に落ち無かったようだ。
『くっ…痛っ。』
だが、KAI自身の腕にガラスが刺さっていたが大事には至らなかった。
「おいっ!大丈夫かぁっ!」
どうやら、助けが来たようだ。
『はは、取り敢えず安心だ……。』
ここで、KAIの意識は途切れて再び気がつくと病院のベッドの中だった。

「……KAI」

最初に目に入ってきたのは、ユキだった。

『ユキ……。』

「いやぁ~采から聞いたときは、驚いたよ。ロケバスが地震で崖から落ちたっ聞いた時に。」

「ありがとうな…KAIは覚えて無いかもしれないが采が落ちないようにガラスが刺さった腕で掴んでくれたんだってな。」
『残念ながら…覚えてない。まぁ、馬路が無事なら良かったよ。』
ユキは、嬉しい顔だったが少し悲しい顔になった。
「采も、病室で寝ているから後で見に行ってくれよ。」
「KAIが目覚めた所で、こんなことを言うのはあれなんだが…采が訳がわからない事を言うんだよ。」
『え?』
「いや、昔の友達に会ったってさぁ…。KAIも知ってる友達をね?」
『まさか…剣崎と兆実?』
「そうなんだよ…有り得ないんだよ。だってさ、二人は既に死んでいるのだからさ。」

KAIは、告げられた真実にポカンとしていた。

『死んだ……って。』
「あぁ…溺れていた女の子を助けようとしてさ、女の子は助かったんだけど二人は強い波に飲まれてテトラポットに頭を強打して亡くなった。」
ここで、KAIが見たあの世界で見た二人は既に死んでいたのか?
『う……うっ…、悪いユキ1人にしてくれ。』
「あぁ…わかった。」
『(俺と…馬路は、間違いなくあのバスの事故で生死をさ迷っていたんだ。)』
あの意味がわからない空間は、生死をさ迷っていたKAIと馬路を招いたのだろう。
『(彼処で、俺らを掴まえようとしたのは死神だったのかもしれない)』
ソレが執拗に追いかけて来たのは、二人を死の世界へ引き込む為に。
『(剣崎と兆実が居なかったら、多分帰ってこれなかった。)』
『(ありがとう…すまないな素直じゃない俺で。)』
KAIは、枕で覆うように泣いていた。

「(KAI……。)」
ドア越しに、それを馬路がユキと一緒に聞いていた。
貴方に、死が近づいたときにソレは先が見えない霧の中で貴方を掴もうと執拗に追いかけて来るだろう。
だが、1人じゃなければ…差し伸べてくれる手があれば未来へと進むだろう。

「オマエアナタキサマオマエアナタキサマオマエアナタキサマ……。」
ソレは、霧と共に近づいてくる。

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