私、暗いお部屋がいいの 投稿者:Mari

今からもう十年以上前の話になる。当時、新卒でがむしゃらに働いていた俺は、諸事情で一人暮らしをすることになった。
 そんなときに、不動産会社に就職した大学の同期の悪友の純(仮名)が、平屋だが、一軒家の賃貸を紹介してきたのだ。
 一軒家の賃貸なら、とんでもなく高いだろうと思ったが、なんと、家賃は六万円だという。おまけに、敷金礼金はゼロ。明らかに事故物件だとしか思えなかった。

「事故物件は事故物件なんだけど、死人は出てないから」
 純は、強引に俺をその一軒家に連れていった。見た目は洋風でオシャレ。悪くない。中身も、最近リフォームをしたそうで、とても綺麗だった。
「どうだ。これなら文句ないだろう」
 純は得意げに言うが、俺は、この家のとある奇妙な点に気付いていた。
「あのさ、ここに床の色が明らかに違う箇所があるけど、地下室を封鎖してるとかじゃないよな?」
 俺が聞くと、純はあからさまにギクッとした。
「……お前は勘がいいな。普通は、せいぜい血の色を隠したんじゃないかと思うぐらいなのに。実は、そうなんだよ。地下室だけ、その……女性の生霊のようなものが出るらしいんだ。だから、リフォームのときに地下室に行く階段を塞いだんだとか」
 若かった俺は、その程度の事情なら、安く住めるならいいと、無謀にも思ってしまった。契約することに決めると、純は厄介な物件が片付いたと大喜びだった。

 引っ越したところ、独り身に一軒家は広すぎたが、予想以上に快適な生活だった。
 しかし、俺は、悪夢に悩まされるようになった。
「私、お外はまぶしいから、暗いお部屋で暮らすのがいいの」
 そう、年齢不詳の女性がずっと言い続けている夢。ただそれだけのことなのだが、毎日続くと、不気味でしょうがない。

「話すのも嫌な話なんだが……」
 純にそのことを問い詰めると、渋々といった調子で話し出した。
 なんでも、家には昔、明かりもろくにない地下室でずっと生活させられていた少女がいたらしい。
 ある日、警察に少女は保護されたものの、その後、どうしているのかはわからないんだとか。
「地下室でずっと生活させられていたなんて、ゾッとするな。解放されてからも、普通に生活していけているかどうか、心配になるよ」

「俺、引っ越すわ。引っ越し費用は、お前持ちな」
 俺は、純のその言葉を聞いて、大急ぎで引っ越しの準備をはじめた。
 なぜ女性が地下室に生霊として出るのか、そして、女性の言葉の意味がわかったからだった。

 ずっと地下室で暮らしていたということは、当然、外の世界は、いろいろな意味でまぶしいだろう。だからこそ少女――もう女性と呼べる年齢なのだろうが――は、いまだに地下室に生霊として出るにちがいない。
 それが間違っていることだとしても、彼女にとっての居心地のいい場所は、きっと地下室だけなのだ。
 俺は、そのあまりにも悲しい事情に耐えることができなかったのだった。

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